病院のお正月

中村 綾子
  • 2008/12
  • 看護師:中村 綾子

クリスマスが終わると、私が働いていた外科病棟では患者が一人、また一人と退院していく。年末年始は手術もなくなるので、予定の入院はほとんどなく、1年で最も静かな季節を迎える。とはいっても、病状が落ち着かず家で過ごすことが難しい方、急な病気で入院となった方など、毎年、数名は病院でお正月を迎えることになる。
私はよく、お正月に働くスタッフに選ばれた。私の実家は東京にあり、勤務を終えてからでも実家でお正月を過ごせるという理由からだ。11月の終わりには12月と1月の半ばまでの勤務が決められ発表になるが、改めて、1月1日の欄に日勤と記されているのを見ると「今年もか」と複雑な気持ちになったものだ。
さて1月1日。この日ばかりは病院の寮ではなく、大みそかから帰った実家で目覚める。病院の敷地内にある寮とは違い、通勤時間がかかるのでいつもよりずっと早起きをしなければならない。さっき紅白を見終えたばかりなのにと思いつつ、えいっと思い切って布団から飛び出る。母も物音に気づき、私を気遣って起きてくる。そうして、母特製のお雑煮で体を温めてから家を出る。
病棟では、年越しの夜勤を勤めた仲間と交代する。夜勤2人から日勤3人へ。小さな輪になると「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と、わざと恭しく挨拶してから、申し送りに入る。こんな挨拶から始められるのはそれだけ落ち着いた夜勤であったということであり、申し送りもすぐに終わる。
病室を回り、患者ともお正月の挨拶を改まって交わし、それから微笑み合う。こうして、お正月に入院している患者と、お正月から働いている看護師の間には、「一緒にちょっと特別な体験をしている」という思いが共有される気がして、私は連帯感を覚える。「まさかこんな形でお正月を過ごすことになるとは思わなかったよ。毎年正月は仕事だったからさ。」と語る方もいる。でも決して暗い声ではない。私はその患者の語りに静かに耳を傾ける。普段のあわただしい病棟の中ではつかめない、患者の思いに触れたような気になる。
ところで、病院のお正月は、食事も少しお正月だ。患者食もそうだが、私たちの利用する職員食堂の定食もおせち料理を意識したメニューになる。いつもは席を探すのが大変な職員食堂だが、がらんとしていて、かえってどこに座って良いのか戸惑う。
夕方夜勤のスタッフに短い申し送りを終えると、また私は実家へと急ぐ。お正月の電車はすいている。初詣帰りの人も見かけるが、私のように仕事帰りと見受けられる人もちらほらいる。駅員も働いている。私は、またちょっとだけ勝手に連帯感を覚える。
帰宅後、両親から、新年の親族の集いの様子を聞きながら、御屠蘇を少し飲み、今年2度目のおせちを食べる。そして明日の勤務に備える。
これは何年か前の話だが、病院のお正月もそう悪くないと私は思う。

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