看護の魅力は無限大‐過去を振り返って、いま思うこと‐

平野 優子
  • 2009/02
  • 看護師・保健師:平野 優子

かつて看護の仕事は3K(危険、汚い、きつい)と忌み嫌われたことがあった。どんな人もいつかは看護を必要とするが、自分や家族がその仕事に就くことを避ける人もいた。私もその典型的なひとりであった。高校3年生で進路を決めるとき、医療関係に進みたいと思っていたものの看護だけは嫌だった。しかし、いくつか受験したものの全て不合格で、最後に唯一受かったのが滑り止めに受けていた看護学部だった。一年間浪人生活を送っていたためとりあえず大学に進学することにした。大学では、現実逃避するかのように複数のサークル・部活やアルバイトにばかり時間を費やし、本業の学業や実習はといえばただ言われたとおりに最低限のノルマをこなすだけだった。受験資格があったので看護師と保健師の国家試験も受けた。そんな私が、大学卒業後の進路に看護師を選ぶはずがない。行く末を何も考えずに当然のように大学院に進学した。しかも看護というよりはむしろ社会学系の研究室を選んだ。不安を感じるどころか、看護から離れられたことを手放しで喜んだ。

そんな私に転機が訪れた。大学院生のとき、看護師資格をもたない指導教員から看護の実践を積むよう勧められた。「きっと君の将来のためになるから」と。予想外のことだった。しかし、言葉は短いけれど妙に説得力があった。勧めに素直にならい、大学院を休学して思い切って病棟看護師になってみた。そこで、衝撃的な気づきと出会いがあった。看護とは、ただ医師の指示通りに動くだけではなく、可能性を多分に含む専門性の高い職業であることに気づいた。学生時代から頭でわかってはいても、実感がわかないでいた。急変や死亡患者も多く激務で疲労困憊し、インシデントを起こして落ち込むこともあったが、やりがいがあって毎日が充実してとても楽しかった。何よりも患者や家族から教えられることが多かった。重篤な病いや激しい苦しみをもちながらも、死期を目前にしながらも、それでもなお前向きに生きようと努力し、周りの人たちに感謝するその偉大な姿を前に、若い私はただ立ち尽くすしかなく、そんな私に、彼らは信頼を寄せ優しく声をかけてくださった。どれほど多くの勇気をもらい、生きる意味・喜びを教えてもらったかわからない。また、尊敬する多くの看護師とも出会った。専門性の高い看護を提供し、優秀で、努力家であり、それでいて人を思いやる心優しい性格をもち笑顔を忘れない人たちばかりだった。私が想像していた看護(師)の像とはずいぶん違っていた。毎日、看護の新たな魅力を感じざるを得なかった。目からうろこが落ちる思いだった。休学期限が切れ、大学院に戻った。
自分の将来をいまだ十分に描けなかった私は、大学院の最終課程在籍中に別の指導教員より看護大学の教員の仕事の紹介を受け、素直にその道に進んだ。そこでまた多くの気づきと出会いがあった。看護とは、こんなにも奥深く、豊かで幅広く、発展性のある実践の学問であることに気づき、ますます看護の魅力にとりつかれた。また、働く看護教員はみな、教育・実践・研究の力を極めているばかりではなく、人間性も優れ、これぞ人間の鏡だと勝手にあこがれた。現場でも教育の場でも、看護の魅力が人を魅力的にさせるのか、魅力的な人が看護の領域に集まってくるのか、いずれにしても看護の魅力は無限大だ。
このようにして、鈍感な私は、看護が展開されている臨床現場や教育現場に実際に足を踏み入れることで、ようやくその魅力に気づくことができた。急速な少子高齢社会の渦中にある日本において、ここ数十年の間に、社会からの看護の見方も変わり、看護に対する期待も明らかに大きくなりつつある。これまでは人に敷いてもらったレールの上や運に任せて歩んできた私も、これからは自分の力で看護の魅力を追及しさらに新しい発見をしていきたいと思うし、何より、看護の計り知れない大きな魅力を一人でも多くの人たちに伝えていきたい。

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