看護の道を選んだ理由、そして今

木暮聖子
  • 2012/02
  • 保健師・看護師・養護教諭:木暮聖子

2月は将来の夢に向けての試験が多い月である。私は、自分が看護の道を選んだきっかけを思い起こしてみた。

中学に入学して初めての中間試験の前日、「顔に発疹があるから、保健室に行ってみて」と担任に言われ、私は保健室へ行った。何やらいろいろ説明され、「風疹」の疑いで即帰宅。やはり「風疹」の診断を受け、出席停止となった。寝坊して朝食抜きでの自転車通学、学校に着くなり気分が悪くなり、何度か保健室のお世話になった記憶もある。そんな日常での養護教諭との関わりや、当時保健所で働いていた兄から聞く保健師の活躍ぶり、医師であった祖父の闘病生活を支えた看護師たちとの出会い。これらの体験から、志望学部を看護に決めた。

看護学生の生活は、先輩から聞いていた通り厳しいのもであった。初めて自分としっかり向き合わなければならない数々の体験をした。クラスメイトや先輩・後輩、先生、患者さん、病院スタッフ、家族・・・と実に多様な人々と関わることで、元気が出たり、辛くなったり、山あり谷ありの4年間であったと記憶している。だがそれらは、時間と共に有意義な思い出に変わり、その後の自分の心の栄養となっている。

卒業後看護師からスタートし、養護教諭、保健師として、時に子育てに専念し、気がつけ20数年経ってしまった。この間、出会った貴重な命の数々。

出生体重700グラムほどのA君が、合併症を乗り越え無事退院し、その数年後、父親の赴任先イギリスからネクタイにスーツ姿で来院し、元気な笑顔を見せてくれた。B君は障害をもって生まれ、小学校入学直後に新たな疾病が加わり、経管栄養・車椅子等ほぼ全面介助が必要となってしまった。しかし彼は両親の強い願いと愛情に精一杯応え、教室では笑顔と笑い声と指差しで意思表示をし、いつの間にか普通学級の子ども達の輪の中にいた。しかし残念ながら、その翌年、天国へ行ってしまった。また、難病を抱えて通学・通院している子ども達、突然の発病で入院治療が始まった子ども達、がん治療をしながら介護予防教室に通う男性等々。年齢に関係なく、彼らやその家族たちの病に立ち向かう姿勢は、「今」を生きる力強さを私に教えてくれた。

こうして10数年経た今、私は保健師として看護学生と関わっている。彼らは一人一人違った環境での成長過程や入学志望動機、日常の暮らし方を持っている。学生生活の中で、明確な目標を持つ者も目標を探している者も、誰もが「今」を大切に生きるように応援したい。そして、心地良く感じる体験も迷いやつまづきを感じる体験も、その全ての積み重ねが、自身の生きる糧となることを伝えていきたい。私自身も、ずっとそのことを心に留めながら・・・。

看護コミュニティ

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