女性として働くこと、生きること

梶原 倫代
  • 2012/05
  • 看護師:梶原 倫代

先日、「女って大変。働くことと生きることのワークライフバランス考」1)という本を読んだ。現代の日本社会で生活し、医療、看護、研究に携わって働いている女性10名の日常生活に起こったエピソードについて書かれている本である。
あとがきの一行目には、「男は大変でない」というつもりはない、と書かれているように女性だけが「大変」といったことを書かれている本ではない。
一女性が母・娘・など家族の一員として遭遇する、子育て、介護、離婚、夫との折り合いのつけ方や姑への感謝、様々な内容が筆者達のリアルな言葉で書かれていて、エピソードの一つ一つが宝物ようである。
一人一人の体験に同じ女性として、ぐっと引き込まれる内容であった。
働く女性の身のまわりには、感心するほど色々なことが起こるが、主には家族の中での役割と家族との人間模様である。
母として、娘として、妻として、家族に「やってあげたいこと」「やらなければならないこと」が同時に存在しているから、愛情や葛藤、義務、人間関係の間で答えが出にくいのだと感じる。

先年度、修士論文に取り組んだ際、働き続けている30歳以上の女性看護師にインタビューする機会があった。
知人や同僚、上司に推薦されて、インタビューを受けてくださった方が多かった。
殆どの看護師はインタビュー前、「自分なんて、そんなにいきいき働いていません。毎日、一杯いっぱいで必死です。」と話を始めるにもかかわらず、自分がやりがいを感じている看護場面の話になると、時間を忘れたかのように熱く語ってくれる。まるで、その場面が目の前に本当に存在するかのような見事な語り口であった。
個人差はあるのかもしれないが、人が働いている場面には、このように非常にいきいきとして注心する時間帯がそれぞれにあると思う。
看護師が自分の働いている場面をいきいきと語る姿は非常に美しく、インタビュアーの私は感動を覚えた。同時にこのいきいきと働いている瞬間を、なるべく少しでも長く大切にできないものかと感じた。色々な背景(環境)から、それを追求し続ける難しさも同時に感じた。

前掲書1)10章は、「生きがいについて」を著した神谷恵美子氏について書かれている。
神谷氏は、よき妻、母として家庭での役割を果たしながらも、止められない仕事への思いを「どうしても自分の仕事がしたい、表現がしたい、という欲望を美恵子は『鬼』と呼んだ。1)」という。夫や子供をおいて、仕事に向かう自分を責めている表現である。
時代背景は違うが、日常の生活、家族との関係など自分の外側にある環境と折り合いをつけ、働くことに関して自分の内面世界と向き合うことは、いつも同時に存在している。しかし、「鬼」とは...。私も家族に問題が起こった時、周りの環境との調整と自分の看護師としてキャリアの調整について同時に迷ったことがある。その時の私は、どうして良いかわからず、家族に「やってあげたいこと」「義務」、自分の中の「鬼」、色々と混ぜてしまったまま、自分の内面世界に蓋をして、結論を出してしまった。結果、その迷いは随分と尾を引いてしまったように思う。自分のタイミングでよいと思うが、人生やキャリアの岐路に立った時は、自分の家族などの周りの環境の問題と、自分の内面をしっかり見つめる機会と勇気も必要なのかもしれない。

現場最前線でケアの中核となる看護師が、家族や周囲の環境と調整をつけながら生き、いきいきと働き続けるにはどのような要素が必要なのか?看護師自身の内面でのどのような調整が必要なのか?看護師がいきいきと働けることができるよう、今後も考えていきたい。

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