夜中の乾杯

樋勝 彩子
  • 2015/04
  • 聖路加国際大学
  • 看護師:樋勝 彩子

心に残る患者さんとの出来事があります。

そのころ私は看護師5年目でした。夜勤のちょうど23時を過ぎたころのことです。
受け持ち患者のAさんは4年という長い治療生活を経て、もう最終的に残された治療の選択肢はないと医師から宣告をされていた40代の女性でした。病棟は消灯時間をとうに超えて静まり返っていましたが、Aさんの部屋はいつまでも明かりが消えないままでした。

部屋に入り「眠れませんか?」と声をかけると、Aさんはベッドの上に座りぼんやりと壁をみつめていました。いつも元気で明るいイメージのAさんとの違いに、"医師からの説明を受けて落ち込んでいるのだろう"と思いました。1分ほど沈黙の中見守っていたあとです、Aさんはふと顔をあげ「看護師さん仕事疲れたでしょ、一緒にオレンジジュースでも飲まない?」と言ってコップを2つ用意しはじめました。

突然の出来事に私は正直戸惑いました。目の前にいる方は、食道がほとんど閉塞し、飲み物を摂取できない状態だったからです。しかしそのとき私は、患者さんの思いに応えて「いいですね、しましょう乾杯」と言って、オレンジジュースを準備し、「カンパーイ!」と控えめにコップを交わしました。
もし彼女がジュースを多量に飲みこんでしまったら...もっと苦痛が増してしまうだろうと、看護師としての迷いもありましたが、そのときの私はAさんの状況を横目で観察しながら、気持ちに寄り添うように時間を共にしたのを覚えています。
そうしてしばらく談笑したあと、Aさんはポツリポツリと自分の気持ちを話し始めました。

「もうちょっと生きられると思ってたんだけど・・・残される夫はかわいそうだけど・・・もうよくないことはわかってるんだ・・・私よく頑張ったと思うんだ・・・」と言葉をひとつひとつ選ぶように話してくださいました。話し終えたあとのAさんの表情は今でも忘れられません。

看護師は時として予想もしない患者さんの言葉にふれる機会があり、戸惑うことがあります。しかしそれらの問いかけの一つ一つが、患者さんにとって大事な時間であり、私たち看護師は決してタイミングを逃してはならないと思っています。患者さんとのこうした希有な体験を通して、私自身もたくさんの学びを得て成長してきました。
今日も、どんなことがあっても患者さんの前では腰を据えて時間を共に過ごすことを大切にしたいと思います。

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