私に看護について教えてくれた患者さん

池田真紀子
  • 2017/11
  • 看護師:池田真紀子

今回この看護ネットへの原稿執筆についてお話をいただき、まず何を書かせていただこうかと迷いましたが、最初に思い出したのは、ある患者さんとの出会いでした。

私はこれまで看護師として働いてきた中で、様々な患者さんと出会い、そして別れを体験してきましたが、その中でもとても印象深い患者さんがいます。それは私と出会った当時、80代で、大腸がんの手術目的で入院してきた男性患者さんのAさんでした。Aさんは、元々クリスチャンで、10年日記を毎日欠かさず書いているとても穏やかな方でした。私が初めてプライマリーナースとしてお会いした時にも礼儀正しくご挨拶して下さり、とても優しい瞳をしていらっしゃるのが印象的でした。年齢的や既往的にも大きな手術を受けることに奥様は心配されていましたが、ご本人は前向きな様子で手術に臨まれました。何とか手術も無事に終わり数日が経ち、その日の午後、検温のためAさんの元へ行くと、奥様から「午後から、(傷の)痛みが強くなったみたい。痛み止め頂けるかしら?」と言われ、ご本人は腹部を手で押さえて脂汗をかいていました。Aさんは術後、痛みの訴えが多く、なかなか動けずにいましたが、今回はいつもとは違うとすぐに察知し、看護師として観察すべきことを全て行い、医師へ報告しました。様々な検査等を迅速に行い最終的には、再手術の運びとなったのですが、再手術後、高齢で再手術を行ったこと等も影響し、人工呼吸器からの離脱ができず、結果として1か月以上もICUに入ることとなってしまいました。

しかし約1か月後、人工呼吸器を装着しつつ私のいる一般病棟へ戻ってきました。私は少しでも良くなってよかったなと思いましたが、そこからが、Aさんや私を含めたスタッフとの戦いの日々となりました。気管切開部から人工呼吸器が繋がれ、胃管が経鼻的に挿入され、点滴も様々入っており、更にAさんは、せん妄状態へ陥っていました。そのため、危険防止対策としてミトンを装着し、それでも触ってはならない部分を弄ってしまうので、手首を紐で少し固定することになってしまいました。あのしっかりとした穏やかなAさんからは、想像できない状況となってしまったことは、私も悲しく思いました。しかし日数が経つにつれて様々な治療等の甲斐もあり、Aさんの身体状態も改善されてきて、日中であれば、ミトンは装着しても手首を固定しなくても大丈夫な様子がみられるようになってきました。そしてその内に日中はミトンを外していても危険な行動はしないような状況にまで改善されてきたのです。そのような中、ある私の夜勤時、Aさんからジェスチャーで、「夜もミトンを外してほしい」というお願いをされました。私は、外してあげたい気持ちはもちろんでしたが、本当にAさんが触ってはいけないものを弄らないのかなど、確証が持てずとても迷いました。しかし、自分はAさんのプライマリーであり、自分がAさんを信じなくては誰が信じるのだろうかという思いと、Aさんの瞳が初めてお会いした時の瞳と同じだと思い、Aさんを信じてミトンを今日の私の夜勤で外してあげようと思いました。他のスタッフからは心配の声もありましたが、私はここでAさんのミトンを外してあげなければ、ミトンを外すタイミングはなかなか訪れないような気もして、私が休憩中もAさんを見守ることで、何とか朝を無事に迎えることができました。朝を迎えた時にAさんは万歳をして喜んでいました。私もとても嬉しく他のスタッフも皆で喜んだことを昨日のことのように覚えています。その出来事を皮切りにAさんは益々しっかりとしてきて、リハビリも進み、ICUから一般病棟に移って約3か月後には、杖をついて歩行し退院することができました。

 私はこのAさんとの出会いを通して、看護について色々なことを教えたれたように思います。看護師が患者さんへ看護を提供するという一方的な関わりではなく、私たち看護師が患者さんを信じ、一緒に苦難を乗り越えることで、患者さんはより自分の力を発揮して良くなっていくのだと思いました。今でもAさんが描いた絵手紙が届き、近況を教えて下さいます。その絵手紙を見るとAさんとの日々を思い出し、看護の奥深さを改めて感じます。

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