初心忘るべからず

2021.08.01
川原 佳代
  • 2021/08
  • 看護師:川原 佳代

「なぜ、そんなに楽しそうに働けるのですか?」 ―臨床で働いていた頃、時折周りのスタッフが、不思議そうな表情を受かべながら、私に投げかけた言葉である。

私は、ながらく循環器領域で働いてきた。私と"心臓"との出会いは、(もう一昔前の話になってしまうが)、三年生の成人実習でバイパス手術を受ける患者さんを受け持ったことがきっかけである。詳しい経緯は、覚えていないが、実習最終日に、手術を受ける決心をされた患者さんと激励を込めた握手を交わした。その時の患者さんの力強い感触が、私の看護師人生を決めた。

私が、循環器領域に惹かれる理由は三つある。
一つ目は、治療の効果が、身体反応としてデータや患者さんの症状に顕著に表れて捉えやすいからである。患者さんの抱えるつらい症状は、多くの場合、投薬やそのほかの治療により改善する。その過程を予測し、心臓への直接的なダメージや社会生活への影響を最小限にするために、できるだけ速やかな回復となるよう環境を整え支援する。患者さんと向き合い、長い療養生活を伴走しながら関わることに魅力を感じている。

二つ目の理由は、心電図が示す世界への興味が挙げられる。心電図は、体のなかの心臓の状況を目に見える形で表すことができる。平時では、一定のリズムで動いている心臓も、ひとたび刺激を受けると、その生体反応に伴い心電図も変化する。特に、心筋梗塞の心電図では、時系列の変化をたどり、無機質な紙1枚に、患者さんの抱えるつらさや今後の生活の課題が浮かび上がる。心電図は、判読するのが難しいからできれば見たくないという方も少なくないと思う。そのため、この話を周りにしても、あまり共感を得られない事がある。私も、最初から心電図に愛着があった訳ではない。興味を持てるように導いてくれた人々がいたからこそ、患者さんの一つの情報として、判読の難しい心電図情報に、むしろやりがいを感じるようになった。

そして最後は、かかわる人である。患者さんが、10人いれば10通りの経過がある。また、患者さんやその家族は勿論であるが、携わる医療従事者等の人々によってドラマティックに変化する。患者さんの大切な人生を左右するものであるからこそ困難なことも多いが、それをやり遂げることによる達成感は何ものにも代え難いと感じている。

つまり、私が"楽しく見えた"のは、患者さんが好きで、その患者さんごとに異なる症状について、患者さんに寄り添った対応にやりがいや喜びを感じているからだと考えている。

―初心忘るべからず(世阿弥)ー

  1. 「是非の初心忘るべからず」
    未熟だったときの芸を忘れることなく、判断基準として芸を向上させていかねばならない。
  2. 「時々の初心忘るべからず」
    その年齢にふさわしい芸に挑むということは、その段階においては初心者であり、未熟さや拙さがある。そのひとつひとつを忘れてはならない。
  3. 「老後の初心忘るべからず」
    老年期になって初めて行う芸というものがあり、初心がある。年をとったからもういいとか、完成したとかいうことはない。

医療提供体制や社会情勢により、患者さんを取り巻く環境も変化する。そのときどきの新たな課題を受け止め、"いま"自分ができる患者さんへの最善のケアを考える。最初のころの気持ちを忘れないという意味を表す「初心忘るべからず」だけではなく、それぞれの段階における初心の精神を忘れないよう邁進していきたいと考えている。
今春からは、教育の現場に着任した。学生にとって、看護の領域でなにか興味・関心を持つことができるような教育支援をしていきたいと思っている。

看護コミュニティ

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