訪問看護で気づいたこと

佐藤 直子
  • 2013/10
  • 聖路加看護大学
  • 看護師:佐藤 直子

私は訪問看護師です。訪問看護師は患者さんの住んでいるところにお邪魔して看護を行う看護師です。このような看護師をするようになって、今年で10年になりましが、10年たった今でも訪問看護を始めて1年目に出会った患者さんのことを思い出します。

木村さん(仮名)は80歳代の女性で、脳こうそくのため体は不自由でしたが、丸い体に快活なトークをする方でした。自宅で会社を経営していて、娘さん3人が交代で介護をしていました。わたしは週に2回木村さんのおうちに伺って、膀胱留置カテーテルの入れ替えや、清拭と更衣、リハビリをしました。糖尿病のため目が悪くなった彼女が恐怖を感じないように、また脳梗塞のマヒのため拘縮してしまった部分に負担がかかりすぎないように、ゆっくり声をかけながら体を動かしていきます。70㎏近い彼女の体を動かすことはかなりの重労働で私はいつも汗びっしょりになります。すると、訪問の最後に木村さんは顎で娘さんに指示を出します。娘さんは心得た、とばかりに缶ジュースとお菓子を私に渡します。病棟ではいつも患者さんからの差し入れは丁重にお断りしていました。訪問看護の料金は頂いているし、と受け取れないことを娘さんに伝えると「佐藤さんは堅いわねー」と苦笑い。木村さんは黙ってベッドで寝ていました。

ところが、毎回訪問終了時に缶ジュースとお菓子を差し出されるのです。こちらも毎回お断りをします。「ほかの人も持って帰るわよ」などと娘さんに言われながら、勧められて断る、が半ば慣例化していました。 ある日、いつものようにジュースとお菓子をお断りすると、これまで帰り際は黙っていた木村さんがおもむろに口を開きました「佐藤さん、あんた私が病人だから受け取らないのか。うちは来てくれた人に何にも出さないような不調法な家じゃない」と、強めの口調で言われました。

私は脳天を打たれたようなショックを受けました。まさか、ものを受け取らないことで怒られるとは夢にも思わなかったからです。しかしよく考えてみれば、木村さんは寝たきりで、目も不自由になりましたがこのおうちの家長でした。家業の会社の実質は子供に譲りながらも社長を続け、町会の元役員であることも、彼女の誇りでした。そんな彼女にとって若輩の私にお世話をされるだけというのはどんな気分だったのでしょう。私は、おうちに来た人を客人としてもてなしをするという彼女の役割や年長者としての誇りを踏みにじってしまったことに気づきました。

物を受け取ることが正しいわけではありません。今でもお断りすることもあります。ただ、そこに患者さんの思いが込められていることに気づきました。私はそれから意識して彼女の仕事のことやこれまでやってきたことを聞くようにしました。仕事のことを誇らしげに語る彼女は患者ではなく、社長の姿をしていました。また、この地域のこともたくさん教えてもらいました。「なるほど、Bさんが言っていた昔の話はこのことだったのか!」など、ほかの患者さんの看護に役立つヒントもたくさんもらいました。

患者さんはお世話を受けるだけの人ではありません。一家の主婦であったり、長老であったり、だれかの子供であったり、様々な役割を持っています。たとえ傷病のためにその役割が十分に果たせなくなっても、その役割や年長者としての誇りを守れる看護をしたい、と強く感じた場面でした。

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