○△□

中田 諭
  • 2016/07
  • 看護師:中田 諭

テーマが「○△□」とはいったい何だろうと思われたことでしょう。私が初めて目にした時は、おでんの具か人が仰向けに寝ている姿のようにしか見えませんでした。 「○△□」はもともと江戸時代の禅僧の仙厓(せんがい)和尚が墨で書いた禅画で、彼の作品中で最も謎の多いものとされています。この「〇△□」は、墨の筆跡などから〇→△→□と右から左ではなく、□→△→〇と左から右に書かれており、墨も徐々に濃くしながら重ねて描かれています。「〇」「△」「□」とこの禅画の解釈については、神道・仏教・禅を表しているとか、仏の身体・言葉・心を表しているとか、正解や宇宙を表している等など多くの説がありますが仙厓和尚が何を意図して描かれたかについては知ることは出来ません。

翻訳家であり詩人である加島祥造氏は「わたしが人生について語るなら」の本文に、「○△□」を「尖(とんがら)ず(△)、角ばらず(□)、転がっていこう(○)」と自らの人生をその形になぞらえて説明しています。加藤氏によると「△は、学校教育や社会の影響からときに攻撃的な、鋭いものを持つ状態。□は、社会の角ばった枠組みにきっちり収まってそれなりに安定を保った状態。〇は角がとれて、ある意味では不安定ですが、自由にどこへでも転がっていく可能性を秘めている状態」と捉えています。そして加藤氏の人生は、幼い頃は○く転がっていたのに、軍隊で△にされ、壮年期に□になった。そして六十代からまた○くなろうとしだして七十代くらいからやっと転がりはじめたと書かれています。私はまだまだ□の真っ只中ですが、自分の過去を思い出しながら「なるほど上手くいうなー」と思いました。

図形とその解釈については、先日授業の中で文章に書かれている看護モデルを図形化する学習がありました。文字を通して筆者の考えを形にすることは容易ではなく同じ文章を読んでも、読み手の持っている経験や考え方によって捉え方が異なることがあります。しかし、この捉え方の違いが作者の理解を深める機会となり学びが深まるという経験をしました。また、以前、多くの陶器を取り扱っているお店でいろんな器を見たり手に取ったりして見て回っていたとき、店主に「お客さんが手に取った作品は全て同じ作者が作ったものですよ。こういうものは作った人と買う人のフィーリングで繋がっているんですよー」という話をされて鳥肌が立った経験を思い出しました。 本来、絵画・陶器などの創作物は、理解するものではなく、時と場所を越えて作者の感じたものと見た人の感じ方を通い合わせるものであり、人と人とはいつもどこかでつながっているということなのだと思います。また、看護は一瞬の患者さんとのかかわりの中にあることも事実だと思いますが、その看護を発展させるには、文字や形にして後世に残していく努力をしていくことの大事さを改めて感じさせてもらうことができました。

「〇△□」の他にも仙厓和尚の禅画には楽しいなかにやさしくて深い思いが込められているものがたくさんあります。興味ある方はぜひ探してみてください。

○△□(仙厓義梵)
○△□(仙厓義梵)
指月布袋画賛(仙厓義梵)
指月布袋画賛(仙厓義梵)
坐禅蛙画賛(仙厓義梵)
坐禅蛙画賛(仙厓義梵)

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