なんで看護なの? ~アクロバティックな人生の着地点~

江川優子
  • 2018/11
  • 保健師・看護師:江川優子

私の友人達は、私のこれまでの生き方を「アクロバティックな人生」と評する。私はこの4月から大学の教員になった。その前は、自治体で行政保健師として働いていた。その前は...、その前は...、と振り返ると、確かにアクロバティックなのかもしれないとも思う。私は、もともと外国語学部のフランス語学科を卒業した。その全く医療とも看護とも関係ない場所で何かに触発され感染症対策に特化した公益法人に就職した。そこで再び何かに触発され修士課程で医療人類学を学ぶために海を渡った。また何かに触発され、看護学部に学士編入し、保健師になった。今、公衆衛生看護学の博士課程に在籍しながら、大学で公衆衛生看護の教員をしている。

この"アクロバティックな人生"ゆえに、入試の面接、就職の面接など、あちこちで「なんで看護なの?」と問われ続けてきた。都度都度に自分を看護に導いた様々な出会いや出来事を説明してきた。そのどれもが全て看護への道を開いたものであるし、繋がっていると確信している。しかし、昨年、とても大切な友人の死によって、おそらくは私にとって最も根源的な「なぜ看護なのか」という問いへの答えがもたらされたように思う。

友人は、「健やか」という言葉そのもののような人であった。しかし、ある臓器を欠いて生まれてきた。そして、そのことが、友人の生きづらさ、苦しみ、アイデンティティの揺らぎをもたらしているように感じられた。「健やかそのもの」という姿の中に、時折立ち昇る辛さや苦しさが見て取れた。臓器の欠損がもたらす症状に加え、定期的な治療に伴う苦痛や不自由さの中で、友人は自らを「造化の戯れ」と呼んだ。その言葉に、「治す術がない時、どうしたらその人は癒されるのか、支えられるのか」という漠然とした問いがよぎったことが思い起こされる。友人の死の一報を受け、これまでの長い長い関わりを振り返りながら、この問いの答えが「看護」だったのだろうとふと思った。きっと、私は、「治す術がない時、どうすればその人は癒されるのか、支えられるのか」ということを考える入り口を「看護」に求めたのだと思う。その問いとの出会いこそが、私の目を初めて他でもない「看護」に向けさせたのだろうと今振り返っている。

「なんで看護なの?」という質問にシンプルに答えるのは難しい。大人になってから、一度社会に出てからの職業選択であったからなのかもしれない。「なんで看護なの?」に答えようとして「どうして私はこんなに紆余曲折なんだ...」と自嘲することもある。しかし、友人のことを思い浮かべて思う。「なんで看護なの?」という問いへの答えは、これから私が出会う人々や出来事によって新たに引き出され続けるものなのであろう。同時に、私が看護職であり続ける限り、自分自身に問い続けていくものなのではなかろうか。

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