この原稿のテーマを何にしようかと考えながら、冬の夜空を見上げると白く丸い月が光っていた。その月を見て数年前のことを思い出した。その頃、私は普通の一軒家を改築した助産院で働いていた。二人目を妊娠していたAさんは予定日を少し過ぎていて、いつ陣痛が来てもよい状態であった。ある夜、空を見上げると満月に近い月が輝いていて、「今日、Aさん来るかもな・・・」と思いながら職場から帰宅した。その日の真夜中、Aさんの陣痛は始まり元気な男の子を出産した。陣痛の合間に、Aさんも月を見て「今日生まれるかも」と思ったことを教えてくれた。私も同じ月を見てAさんのことを思ったことを伝え、窓を開けて再び一緒に月を見た。初夏の風が気持ちよく、とても楽しい時間だった。
お産にかかわる人々は、月の満ち欠けや潮の満ち干、気圧の変化などを気にする。「今日は満月だから妊婦さんくるかもよ」などというのは、実習先の病院などで時々耳にするし、なんとなくそんな気もする。私の尊敬する助産師の一人は「満潮に向かっているときの陣痛はぐんぐんくる感じよね。」とも言う。今年に入って助産系の某雑誌には、開いた最初のページに月暦が載せられている。まるで付録のように切り離して使ってくださいとでもいうような感じだ。お産にかかわる人々にとって、月とか海とかは、切っても切り離せないものなのかもしれない。
エビデンスに基づいたケアを提供することが大切だと言われているし、その通りだと思うが、お産にまつわることはそうでもないことが多い。いつ妊娠するかに始まって、いつ陣痛が始まるのか、その妊婦が安産なのか難産なのかなどということは医学的に証明されていないし、いくら経験を積んだ助産師の予想でも外れることは大いにある。お産は始まってみないとわからないのである。他に尊敬する助産師は、「この人、パワーがあるから大丈夫(無事にお産するという意味)」と言ったりする。パワーなんていうと、怪しい宗教かと思ってしまうがそうではない。その助産師がその妊婦さんから感じたある種のオーラだったり、エネルギーだったりするのだ。もちろんそのパワーなんていうものは見えないし、通常は測定することもできない。その助産師自身が測定用具なのだ。その助産師にインタビューなどをして、分析すると「パワーの定義」や「パワーの測定用具」ができるだろうか。
助産の実習の記録用紙には「五感を通して得た情報」という項目がある。学生たちは文字通り五感を使って情報を収集し、その情報を基にしてアセスメントするのだ。一応五感なのだとは思うが、前述のパワーなんて書いたら、指導者から「これは何ですか?」と質問されるだろう。エビデンスに基づいてアセスメントするようにと、私も学生には話をしているが、それだけではないのがお産の奥が深くて面白いところである。