何年たっても忘れられない患者さんがいます。
ある日、看護師になりたてであった私は深夜勤務で病室を巡視していたところ、受け持ち患者のAさん(子宮がん)は、月明かりだけの病室で「それに・・・、眠るのが怖いの・・・」と言って、大腿部から足先までが3倍くらいにむくんでいる足をベッドサイドに降ろし、窓の方を向いて座っていました。
Aさんの病状は刻々と悪化し、すでに自分の力では歩くことも難しい状態でした。
「眠るのが怖い」と表現しているAさんへ、「どうしてあげたらよいのか・・・。どうにかしてあげたい・・・。」という思いから、新人の私に「できる」と思いついたことは真夜中の足浴でした。浮腫で重く、硬く、だるくなっている足をお湯の中で温め、マッサージをしてみようと考えたのです。しかし、ここで一つ葛藤がありました。「看護師の人数が少ない真夜中に足浴をすることは、他の患者のケアや緊急時の対応に遅れてしまうかもしれない・・・」と新人ながらに悩みました。それでもどうにかしてあげたいという思いから、先輩看護師に見つからないよう、ソーッと足浴の準備をして、足早にAさんのお部屋に入って行きました。
Aさんは、私のことを気遣いながらも物静かに心地よさやうれしさを表現されました。お互いに言葉は少なく、静かな空間で足浴を続けました。そのうちにAさんは「そろそろ横になってみようかしら・・・」と穏やかにつぶやいたので、私はその気持ちに応じて、臥床するのを手伝い、その後すぐに安らかに眠りにつかれました。
そして、Aさんは再び起き上がることもなく、翌日に最期を迎えました。
結果的に私は、Aさんの人生の最期の言葉を聴いたのです。そのことがジワジワと私の胸に迫ってきました。あらためて看護という仕事の重さと人生の尊さと重さを実感したのです。
看護師は、多くの患者さんを通して成長していきます。日々のケアで満足することは少ないものです。がん看護を専門にしている私は、様々な患者さんの教えに導かれて現在に至っていることを切に感じています。そして、患者さんからは、二度と戻ることのない一瞬を誠心誠意、真摯に向き合うことの重要さを教えていただいたように思います。
がん医療の急速な発展を身近に感じつつ、時には様々な患者さんからの教えや初心を思い出すことが大切だと感じる今日この頃です。