楽しみながら食事をとる:看護管理ができること

2008.10.20
吉田 千文
  • 2008/10
  • 看護師:吉田 千文

皆さんは看護管理学という専門領域があるのをご存知でしょうか。

がん看護学あるいは高齢者看護学といった領域が、がん患者さんあるいは高齢者の方の一人ひとりに対してよりよい看護を提供することを主な目的としているのに対して、看護管理学は、そういう個別性に合わせた丁寧な看護がどの患者さんにも行われることを目的としています。たまたま優れた看護師に受け持ってもらったからよいケアを受けられたということでは、私たちは安心して医療を受けることができません。病院全体で、地域全体あるいは国として安全で良質な看護を提供できるようにすることが必要で、そのためには仕組みを整えていくことが大切です。

安全で良質な看護を提供できる仕組みとは、具体的にはどういったことを言うのでしょうか。

私は先日、ある高齢者のための病院で老人看護専門看護師をなさっているKさんのお話を伺う機会がありました。病院や施設におられる高齢者の方の中には、脳卒中の後遺症や認知症が進行してうまく口から食事を摂ることができず鼻や腹部からのチューブで栄養を入れている方が多数おられます。Kさんは「口から食べることは人間にとってとても大切なこと。何とかできないか。」と考えたそうです。
しかし入院当初は口から食事を摂ることができない状態であっても、看護師のケアの工夫でうまく食事の摂取ができるようになられる方もおられます。Kさんはそういう工夫をする看護師に着目して、どういう風に食事の介助をしているのか細かく尋ねると同時に、実際に食事を介助している場面を観察させてもらったそうです。そうするとその看護師はあまり意識せずに行なっていたけれども、大変優れた観察力で患者さんの食欲や疲労の程度、咀嚼(噛むこと)や嚥下(飲み込むこと)の力を見極め、さらには食べ物のやわらかさや飲み込みやすさなどを考えて、一回に口元にはこぶ食べ物の量、スプーンを運ぶペース、スプーンを口に入れる角度、食事時の姿勢などを調整し、むせないように食べやすいようにきめ細やかに介助していることがわかりました。
また、他の看護師の話もよくよく聴いてみると、栄養を考えてつくられた食事なので全部食べてもらわないと困るといった思いや、限られた時間内に複数の患者さんの介助をしなければならないので、早く食べてくれないと困るといった焦りを感じながら食事の介助をしていることがわかりました。
そこでKさんは高齢者の方への食事について、栄養補給ということだけでなく好きなものを一口でも味わって食べる、食事が楽しみとなることが大切ということを職員につたえ、聞き取ったり観察したりしてわかった上手な食事介助の方法を文章化して職員全員が学習できるようにしました。そして実際に食事介助の技術について実技をいれた研修会を開いて職員全員に学んでもらいました。それからベッドでの食事介助をする職員がわかりやすいように、上体を上げる位置にしるしをつけたり、高齢者の一口の量に合わせて少し小型のスプーンをつくったりといった工夫もしました。さらには食事介助の様子を家族の方に見てもらってご意見を頂きそれを職員にかえしてさらに方法を改善していきました。こうした取組みを続けた結果、口から食べられる方がぐんぐん増え、チューブ栄養の方が減って活力を取りもどしてこられた方が増えてきたとのことでした。

私はKさんの話を伺いながら、私は静かな感動を感じていました。そしてこれこそ看護管理だなと思いました。たった一人の看護師が行っていた優れた食事介助の技術を、Kさんは病院全体の職員ができる仕組みをつくったのです。

人は皆老いて行きます。私も私の夫もきっとあと少し先にはこのように看護師さんにお世話をしていただくようになると思います。人生の最後にはどんな人でも大切にされ、暖かい優れたケアを受けて旅立って行きたいものです。こういう看護が日本中のどこでもおこなわれるようにしなくてはいけないなと強く思いました。

全国のあちこちで優れた看護をしている看護師たちがいます。この方々の実践を大切にして組織や地域社会の力にしていくこと。看護管理が成すべきことは山のようにあるぞとKさんのおかげで私はファイトが沸いてきました。

看護コミュニティ

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