心に刻み込まれたこと

2009.06.20
大隅 香
  • 2009/06
  • 助産師:大隅 香

これまでに多くのお母さんやその家族、助産師の先輩や仲間と出会ってきました。
その人たちが掛けてくれた言葉や、投げ掛けてくれたメッセージが折に触れて思い出されます。そしてこの言葉やメッセージが、今の私を支えているのだと確信しています。このコーナーでは多くの方が対象者とのエピソードを紹介していますので、私は学生時代に実習先の助産所で出会った助産師から教えられ、深く心に刻み込まれた経験をご紹介したいと思います。

贅沢にも学生時代、私は病院実習だけでなく、4週間もの助産所実習を経験することができました。現在では多くの助産師養成コースで助産所実習が組み入れられていますが、当時としては珍しいことだったように聞いています。私が実習に訪れた助産所は閑静な住宅街にある、少し大きめのどっしりとした造りの3階建ての一軒家で、看板さえなければ助産所とわからないようなものでした。私たち学生は助産所に寝泊りをしながら、日中は入院中の赤ちゃんの沐浴をし、お母さんの身体を見せてもらった後に、外来に参加し、お産があれば、もちろん昼夜問わずお産に立会い、さらにその合間に、3度の食事作りと掃除や洗濯、近くのスーパーへの食品の買出しなど、日々の生活の中から助産に関することも、そうでないことも多くのことを学びました。この実習を通してお産が特別なことではなく、日々の生活の中で起こってよいということを強く感じました。

助産所に来るお母さんたちは皆、表情が柔らかく、顔見知りのスタッフとの会話を楽しんでいるように感じました。受診に来ているといった雰囲気ではなく、とても寛いでいるように見えました。お母さんたちは自分の身体のことをとてもよく知っており、自分がどんなお産をしたいか自分のお産と向き合っている方々ばかりでした。私はこのようなお母さんたちの姿勢が、満足度の高いお産につながっているのだとするならば、もっと皆がそうなる必要があると考え「世間のお母さんはなぜ、ここのように自分のお産のために積極的にならないのだろう?」と疑問を持ち、その気持ちをスタッフとの雑談時に話しました。その時、助産師は私に「それは私たちがそうなるように働きかけていないから。お母さんが変わらないから駄目なのではないのよ。」と教えてくれました。それを聞いた瞬間、自分はなんて浅はかな発言をしたのだろうと衝撃が走り、とても恥ずかしい気持ちになった事、つい昨日のことのように思い出されます。

お母さんたちは本来産む力を持っていて、その力に気がつくことで自ら自分のお産に向き合い、自分が納得いくお産のために妊娠中の身体作りなどに取り組めます。お母さんたちが自分のお産に向き合えるよう気付きを促すことこそが助産師の役割としては非常に重要なわけです。その重要な役割を自分が充分に果たせていないということには全く気が付いておらず、単にお母さんのお産へ向き合い方、妊娠中の取り組み方の違いだけに原因があるとしか考えていなかったのです。まだ学生だったとはいえ、これから助産師という職業のプロを目指す人間のする発言ではありませんでした。

この出来事はその後も様々な状況下で思い出され、助産師としての役割を責任をもって果たせているだろうか?と、立ち止まり自分を振り返るように警告を発します。

昨今、産科医不足、お産を扱う施設の閉鎖等のニュースは珍しくありません。「今こそ、助産師の出番だ!」という話題にもなります。そんな時にも、私はあの助産師の言葉を思い出します。正常分娩の担い手であると胸を張って言える助産師に私も私たちもなり得ているだろか?と。

私たちは目の前のお母さんのお腹にいる赤ちゃんやお母さんの命だけでなく、その家族の未来までも背負っていく覚悟を持つ必要があります。もちろん、異常な経過へ移行するだろうと判断される際には医師と連携を取る必要があります。だからといって最後は医師に頼ればよいと簡単に考えるのではなく、正常な経過から外れないための働きかけとして、何をすればよいのか考えて実践できる必要があります。また、自分たちの五感を研ぎ澄まし正常な経過からの逸脱を見逃さず、逸脱時には適切なタイミングで適切な対応が取れるようになってこそ、「これからの時代の正常分娩は私たち助産師に任せて!」と言えるのではと感じています。自分たちの役割を自分たち自身が放棄せず、責任をもって担うために、今の自分が何をしなければいけないのかしっかりと見極め研鑽を積み、また経験にあぐらをかかずに謙虚にひとつひとつ学んでいきたいと思っています。

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