きっかけをつくる

2010.11.20
本田 晶子
  • 2010/11
  • 看護師:本田 晶子

郊外にあるがん専門病院に勤めていた頃、時々、患者さんと院内の庭を散歩したものです。時には、医師や看護師数名がかりで病室のベッドごと庭へ繰り出すこともありました。 その庭は、がん医療の最先端を担う病院の裏側で、春には桜、秋には紅葉で色づき、私たちに季節の移り変わりを感じさせてくれるものでした。

ある時、がんや治療に伴う痛みやだるさから、一日中ベッドで過ごすAさんに、チームメンバーと散歩の提案をしました。薬の調整やリハビリをして、少しずつ車椅子で過ごせるようになったのを見計らってのことでしたが、初めはあまり気乗りしない様子でした。けれど、ひとたび庭に出ると、色とりどりに咲く草花や池の鯉に身を乗り出して眺めるAさんの姿に、私たちは、どこか彼女の中に潜んでいた力のようなものを感じたのでした。

病室に戻ると、Aさんは晴れやかな笑顔でこう語ってくれました。「がんになってから、ずっと、自分で自分の気持ちが分からなくなっていたけれど、こんなふうに、自分の力で立てたこと、散歩に行けたことが、まだ自分に、こんなこともできるんだって気づかせてくれた。自分の中にある力を、それでいいよと引き出してもらえたみたい」と。 それからは、よくご家族と散歩に出かけたり、食欲も出て、一度は退院もできた程でした。

   こうした患者さんの姿は、日々、祈るような気持ちで面会に来る家族にとっても、大きな力になることでしょう。"今日は、どんな顔をしているだろうか,話はできるだろうか,食事は食べただろうか"、様々な気がかりを抱えながら会いに来る家族が、どんな足取りで帰るかは、その日の患者さんの姿によると思うのです。そして、いつか、Aさんのご家族が、私たちに語ってくださったように、残された家族にとっては、大切な思い出として残り続けるのです。

ある患者さんは、「がんという病気は、ストレスの連続、エンドレスだね」とおっしゃっていましたが、診断を受け、再発や転移を繰り返し、長期にわたる治療を受け続けていくなかで、エネルギーが枯渇してしまうこともあると思います。私たち看護師は、そうした患者さんが、エネルギーをうまく配分したり、新たに得ることを通して、日々生活できるよう支援することが求められるのではないでしょうか。

広い庭がなくても、きっかけは色々につくれると思います。草木が芽を出すように、患者さんの変化の兆しを見逃さないよう、関心を持ち続けること、そして、患者さんには、きっと回復する力が潜んでいる、と私たちが信じて関わることが大切なのだと思います。

移ろう季節と共に、今日も多くの患者さん、ご家族の温かい眼差しや言葉が大切に思い出されます。

看護コミュニティ

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