朝の儀式

2011.03.20
宮口 萌
  • 2011/03
  • 看護師:宮口 萌

6時30分ごろになると、もうそろそろくるな、と心の準備をしていた。 ナースコール。予想通りの時間。

その患者さんは夜の間だけ人工呼吸器を使っており、起床時に看護師が呼吸器を外していた。気管に穴をあけており、そのせいで声は出ない。しっかりとされた方なので声は出なくとも筆談や唇の動きで意思の疎通はしっかりとできていた。もともとそういう方なのだろう、一日のリズムがきっちりとしており、入院中でも今は何をする時間、ということが決まっているようだった。リハビリの時間などもあらかじめ決まっていないと眉間にしわができた。「今日の予定」がわかっていないと不安になるような方だった。

朝起きて、ナースコールで看護師を呼ぶ。看護師に呼吸器をはずしてもらい、夜の間にたまった痰を吸引する。その後のうがいと、歯磨き、洗面。
その後に、必ず、彼は手元のスケッチブックにこう書いたのだ。

「今日も看護師さんにとって良い一日でありますように」

初めて読んだときは本当に感動し、涙が出るかと思った。自分が闘病中にこんなことがいえるものだろうか?その心遣いと温かい微笑みがとても嬉しかった。
この一言は私を励まし、朝の活力となってくれた。看護師の夜勤はやはりつらく、その仕事で一番忙しいのが朝なのだ。患者さん達が起き、彼らの一日の準備を次々に行う時間。

そんな忙しい時間帯、彼の部屋だけ時間がゆったりと流れていた。文字も一文字一文字、丁寧に書かれていった。気持ちはいつだって嬉しかったが時間が惜しいこともあった。この5分があればほかの患者さんのケアができるのに、と。ナースコールが鳴っていて、私がやきもきしながらドアと彼を交互に見ていても、彼はおかまいなしだった。いつも、同じ早さで、書き続けた。

「その後を書いてください」と頼んだこともあった。初めの決まり文句のあと、「○○をしてください」と書くことが多かったからだ。その私の言葉を聞いて、彼は目を大きく見開き、大きい舌打ちをした。わかってないな、とでもいうように。

彼がその言葉を書かない日は、結局なかった。私も、ほかの看護師も、彼の朝の一連の行動は「朝の儀式」として受け入れることにした。その分の時間を見越して、ほかのするべき仕事は終えておく。その時間帯の仕事はほかの看護師に任せる。幸いにも彼の起床時間も大体決まっていたので調整もしやすかった。彼は転院するまで毎日、ずっと、書き続けた。私たちへの言葉を。

患者さんのことを思い出すときは、名前とともに病状ではなく、エピソードが浮かぶことが多い。楽しいものだけでなく、怒られたり、一緒に泣きそうになったり、私がどう対応するべきかおろおろしたり。その時はつらかったり嫌だったりすることもあるが、後になるとこれが私の看護につながっている、と確かに感じる。

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