初心忘るべからず

2013.07.20
田中 礼子
  • 2013/07
  • 看護師:田中 礼子

私は大学卒業後に都内大学病院で看護師をしていました。
その病院に新卒で就職して初めて配属になった病棟の師長は、私にとってまるで母のような大きな存在でした。何か業務以外の特別な事をしている訳でもないのに、師長が病棟に居るだけで安心感が生まれ、見守られているような気持になり、思う存分看護に没頭することが出来たのです。その師長が定年で病院を去る時に、私にかけて下さった言葉が今でも私の看護に根付いています。それは、「田中さんの、患者さんを家族のように看護している姿勢はこれからもずっと変わらずに続けて欲しい。初心忘るべからず、よ。」という言葉です。

看護師として勤務して1年が経とうとしている私にとって、この師長の言葉はとても心に響くものでした。今振り返ると、それは師長のような新人看護師にとっては雲の上のような存在の人物に、日頃の私の看護を気に留め、見ていて下さっていたのだという驚きに似た感動があったからだと思います。新人看護師の私からしてみたら、日々の看護ケアを安全に提供することに精一杯で、まさか師長がスタッフのしかも新人看護師の1人である私の看護に目を向けて下さっていたなんて考えもしていませんでした。しかし、それは私が日頃本当に心掛けていたことであり、決して上辺だけの言葉ではなかったと思います。そしてその言葉は私を勇気付け、もっといい看護をしたいという看護への意欲の向上に繋がりました。『初心を忘れないこと』。言葉で言うのは簡単ですが、実際に行うとなるとなかなか難しいものがあります。人間は誰しも経験を積むに連れて知識も増え、技術も洗練されてきます。立場的にも上に立つことが多くなり、求められる物も変化してきます。上の立場に立つからこそ、その下で働いている人の気持ち、即ち『初心』を忘れないことが重要であるということを、私は大学院に進学しリーダーシップについて学んだ時に改めて痛感したのです。そして、その気持ちを持っているリーダーが上に立つ限りは、下で働くスタッフは安心して働くことが出来ると確信しました。この重要性に早い時期から私に気付かせて下さった師長は、もしかしたら師長自身も新人看護師として勤務していた頃に抱いていた『初心』をずっと忘れずに、謙虚に看護を行ってきたのだと思います。

そんな師長が定年退職されてから5年が経ちますが、時々お会いする度に看護について楽しそうに語られるその姿は今も尚、現役の看護師です。そして、私がずっと追い続ける理想の看護師像です。

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