大切にしていきたいこと

2014.08.20
植田 尚子
  • 2014/08
  • 聖路加国際大学
  • 看護師:植田 尚子

6年間内科病棟で勤務をしたなかで、乳がんの女性(以後Aさん)との出会いがありました。再発・転移を繰り返し、もう積極的な治療はしないという決断をされ、痛みのコントロールのために入院していました。全身の痛みがとても強かったため、鎮痛剤を点滴で24時間持続的に投与しながら1日を過ごしていました。ご家族と過ごす時間がとても好きな方だったので、面会はもちろんのこと、病室は家族の写真やお花、Aさんが好きな食べ物や好きな香りのクリーム等で溢れていました。ご家族と過ごしている時間は、車椅子でお散歩に行き、一緒に食事をし、病室から笑い声が聞こえたり、とても穏やかに過ごされていました。しかし、夜も近づきご家族が帰宅した瞬間、痛みを訴えるのです。全身が痛いとベッド上で悶絶しながら痛みと格闘し始めました。冷汗を流し、呼吸数や血圧も上昇し、見ている方もとても辛い状況でした。すぐに鎮痛剤を追加で投与し、身体をさすり深呼吸を促し、傍に寄り添うなど出来る範囲のことをします。少し経過すると効果が出てきて呼吸の仕方や表情も穏やかになってくるので、そこで疲れない程度に少し他愛もない話をします。その時Aさんは、話をしたり誰かが傍にいてくれるだけでホッとして痛みを忘れることが出来るとお話ししてくれました。Aさんは夜になると痛みが強くなる、特に1人になると痛みが出てくるという傾向にありました。
たいていは治療の効果が出始め、鎮痛剤の種類や量がその方に合ってくると痛みのコントロールは出来てきます。しかし、不安や悲しみ辛さなどの心理的な要素からも痛みは沸々と湧いてきます。Aさんにとっての痛みの原因は、心理面からきているものもかなりありました。Aさんの傍にそっと寄り添い、出来る限りリラックスした空間をつくり、夜は眠れるように促すことが夜間の痛み軽減させるために大切なことでした。夜は暗く、長く、孤独で色々と考えてしまう時間帯です。ナースコールでいつでも呼んでいいという安心感を与え、就寝前に好きな香りで足浴をし、今日という1日をご家族とどのような話をして幸せだったか、楽しい気持ちになったかなど一緒に振り返りながら夜を過ごしたことを覚えています。
そうして時間が経過し、痛みを訴える時間が減ってきて、Aさんは自宅に一時退院することが出来たのです。Aさんにとって、住み慣れた自宅で大切なご家族と一緒に過ごせることがどれだけ貴重で幸せなのか考えるとその当時胸がいっぱいになりました。

自宅退院したいという希望を叶えるために、私たちは患者さんやご家族に退院指導やセルフケアなどを促しています。しかしAさんとは逆に、入院してから亡くなるまで自宅に帰れなかったという入院患者さんは沢山います。住居の関係、家族のサポート体制、患者さん自身の状態など様々な要因があります。住み慣れた穏やかな環境で暮らすということだけで、食事が食べられるようになった、入院している時よりも歩けるようになった、夜はぐっすり眠れるようになった患者さんは沢山います。
自宅に帰り住み慣れた環境で、過ごしたい相手と共に生活していくことが、患者さんに精神的な安定を与え、そして身体面にもより良い影響へと繋がっていくのだと思います。

1人1人の患者さんに対して、何をすることが出来るのだろうと考えながら看護をしてきました。そのためにはまず、患者さんに寄り添い傾聴し、そして丁寧に接していくという基本的なことが大切になってくると実感しています。このことの大切さをこれから看護師になる学生にも看護技術の指導と共に伝えていけたらと思っています。

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