めぐりあう

2016.04.01
中村 希
  • 2016/04
  • 不妊症看護認定看護師:中村 希

 春といえば出会いと別れの季節ですね。出会いと別れというと中島みゆきさんの「なぜめぐり逢うのかを私たちはなにも知らない」で始まる「糸」という歌が思い浮かびます。切なさと希望を感じさせる、丁寧で奥深いこの歌が好きです。前回の投稿では「息子に兄弟が生まれ、学生時代にしていたバドミントンを楽しみ、習いたかったピアノを始め、早めに仕事を整理し実家の居酒屋を夫婦で切盛りしたい」という看護師の仕事から何となしか遠ざかるようなことを書いていました。めぐりめぐってまた投稿の機会をいただいたので当時を回想しながら書いてみます。

 ずっと昔の話になりますが、実は長男が2歳の時に次男が誕生しました。しかし、生後6ヶ月の時に特発性拡張型心筋症という病気になり、1歳の誕生日を迎えた翌日に私の腕の中で静かに息をひきとり、天国へ旅立っていきました。健康に生んであげられず、病から救ってあげられなかったという思いがずっと心の奥にあり、兄弟をつくってあげたかったのですが、その後、めぐりあえませんでした。

今頃、看護師をやめて居酒屋を切り盛りしていたはずの私ですが、その後、専門的に勉強をして不妊の問題に悩む人の力になりたいという意欲に駆られ、聖路加国際大学での9ヶ月間の研修を経て不妊症看護認定看護師となりました。5年目更新を迎えた昨年に1年間の大学出向が決まり、認定看護師教育課程の担当教員という「教える側」の仕事へと変わりました。認定教育だけではなく様々な事業に関わらせていただき、一生の中で一番机に向かい、一番仕事に時間を費やしたのではと思う程でした。それくらいとてもやりがいのある仕事にめぐりあい、多くの先生方に支えていただいたこの1年は本当に貴重な経験となりました。

今年は次男の十七回忌にあたります。これもめぐり合せなのか、ちょうど命日に蛭田先生の「流産・死産における看護」がありました。「愛児を失うと親は人生の希望を奪われる。配偶者が亡くなると共に生きていくべき現在を失う。友人が亡くなると人は自分の一部を失う。親が亡くなると人は過去を失う。(E.A.グロルマン)」の講義を聞いて、切ない感情とそれを理解してもらえて救われたような気持ちになり涙ぐんでしまいました。私も悲しみの中で打ちひしがれている人にそっと寄り添えるような看護師でありたいと心から思いました。

9923456_2202398320_103large[1].jpg看護師の仕事から遠ざかるどころかどっぷりとはまっていますが、3年前から憧れていたピアノとバドミントンを始め、初の演奏会でギロックの叙情小曲集「月の光」という短いけどきれいな曲を弾きました。緊張でぎこちなくミスだらけでしたが、とてもすがすがしかったです。一方、バドミントン大会では今年初入賞して大興奮でした。また新たな目標ができ、その目標に向かって課題ができました。好きこそものの上手なれと言いますが、これは仕事に置き換えても同様ですね。

人は感情の生き物ですし、さまざまなめぐり合せがあり、そして状況は変わります。物事にはタイミングがあるので、ただ流動的に生きるのではなく大まかでもいいからライフプランを立てて生きていくことはとても大切なことです。なりたい自分を思い描いて意識して行動すると、人はそのように進んでいく気がします。

この春から息子の大学進学が決まり、数年後にはまた夫婦二人の生活が始まることになります。寂しいものです。それを踏まえて、また1年後、3年後、数年後に自分がどうなっていたいのか中島みゆきさんの歌をBGMに未来予想図を描いてみたいと思います。仕事とともに好きなことや趣味の時間を保ちながら。

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