それは,今から約40年以上前,私が学生の頃のこと.一緒にローテーションした実習グループは,成人看護学や母性看護学などの臨床実習を終えて,いよいよその年最後の実習を小児病棟で行うことになりました.最初に担当したのは脳ヘルニアの赤ちゃんでした.まだ生後1か月ほどでしたが,頭蓋骨の形成不全で脳が外に飛び出していました.保育器にいるAちゃんは,お目目のくりくりした美しい赤ちゃんでした.骨で覆われていない脳の部分を刺激すると痙攣が起こるので,できるだけやさしくケアしました.担当する中でご家族のことも考えるようになりました.
実習カンファレンスでは,どのような看護ができるのかを真剣に話し合いました.当時チーフレジデントだった医師も出席され,病状を解説してくださいました.その話し合いの中で,Aちゃんのことをお母さまは未だ知らないということへの率直な疑問を述べました.そして,皆がお父様の苦しみを思いやりました.担当医は,お母様にも伝えますと決意を話されました.それから1年半が経った頃、あの時,数ヶ月の命と考えられていたAちゃんは,懸命に生きていました.お母様が面会時間に来られ世話をしていました.人の生命力の逞しさを実感しました.
小児病棟では,腎臓疾患や血液疾患をもつお子さん,大きな怪我を負ったお子さんがクリスマスでも家に帰れずに治療を続けていました.私たちのグループは実習最終日に,子どもたちにクリスマスのプレゼントをすることにしました.紙芝居のフレームを使って,にわか作りの人形劇「マッチ売りの少女」を実演しました.プレイルームに集合した子どもたちの目の輝いていたこと.今でも忘れられません.
私たちが小児病棟で実習をしている時期に,別のローテーショングループのBさんは外科病棟で実習中でした.当時,クラスメートの多くは学生寮で生活していました.夜中の10時を回った頃,担当していた患者さんが急変したとの連絡が入り,Bさんは実習服に着替えて出掛けました.ルームメートと二人,自室から何十メートルも先の向かい側にある外科病棟を眺めました.一つだけブラインド越しに明かりの漏れてくる部屋があり,Bさんが向かったのはあの部屋だとわかりました.おそらく今,駆けつけたばかりのクラスメートが,あの部屋で,臨終の看護りをしていると思うと,何か迫りくるものがありました.私たちは,ただ祈るように明かりが漏れる部屋のほうを見続けていました.それは,看護の仕事の重みを感じさせる経験でした.
そのようにしてその年の臨床実習は終わり,クリスマスイブを迎えました.この日,馬小屋の隅で,救い主となる御子が母マリアからこの世に誕生しました.真夜中の礼拝のあとしばらく休み,朝の5時前に集合し,ロウソクを手に病院の周辺を,キャロルを歌いながら行進しました.恒例の行事なので,交番のおまわりさんや,心待ちにしていた住人が,道路沿いの部屋の窓を開けて「メリークリスマス」と応えてくれました.今でも忘れられないのが,産院を訪れたときのことです.今しも生まれたもう御子そのものであるかのような新生児を抱えた産婦と「メリークリスマス」のことばを交わしました.その絵のような光景は,まさに人々にとってのよろこばしい知らせ"福音"でした.この喜びがいつまでもこの地球にもたらされますように.