途上国の現場で考えたこと

2018.05.31
松井 香保里
  • 2018/05
  • 看護師:松井 香保里

map.jpg私は青年海外協力隊員として南太平洋に浮かぶバヌアツ共和国に赴任している。配属先は保健省公衆衛生局予防接種拡大計画課だ。活動内容は配属先のその名の通り、バヌアツに予防接種を拡大していくこと。UNICEFの指導のもと、ワクチン接種率のデータ管理、ストックマネジメント、看護師への知識の普及、コールドチェーン(ワクチンの品質を保持できる温度管理)の向上などが業務内容である。

 今年度、バヌアツでは州都でHPVワクチン接種が開始される。アジア開発銀行から5年でローンも含めた約15億円のプロジェクトだ。昨年より準備を進め、いよいよバヌアツにワクチンが到着することとなった。事前にUNICEF FIJI事務所より、日曜日夕方にワクチンが届く旨の連絡があった。私は、金曜日にバヌアツ人スタッフに何回も確認をとり、日曜午後にオフィスで待ち合わせする旨を伝え、「Have a nice weekend!」と言い別れた。

 土曜日の早朝、近隣国へ緊急支援に行っているUNICEFバヌアツの担当官(インドネシア人)より連絡が来た。 担当官;「ワクチンが昨日の夜にバヌアツに届いてるよ。みんなに連絡して。飛行機が変更になって、昨日の夜に届いたんだ。」

フライトの変更連絡が夜20時ごろ来たため、誰も気づくことができなかったのだ。ワクチンが空港に置きっぱなしであることは大問題である。ワクチンは温度に敏感であるため、すぐに決められた温度の冷蔵庫に保管しなければ使用できなくなってしまう。貨物の担当者はワクチンを冷蔵庫に入れてくれることもあるが、外に出したままのときもある。大急ぎで、課長に電話した。

課長;「今日は土曜日だから休みだよー。UNICEFに連絡しとくからー。」 と何ともバヌアツらしいのんびりした回答!UNICEFに連絡してもワクチンの品質は保たれません。返す言葉もありません。仕方ないので、別のスタッフBに電話。

B;「空港スタッフが冷蔵庫に保管してくれているとは限らないし、冷蔵庫の温度がワクチン保管適正温度とは限らないから、絶対に今日取りに行かなきゃだめだよ。」
まともな返事が返ってきた。私もそう思うが、課長が車を出してくれないから、何とか調整してくれないかと伝えると、
B;「まず、課長に電話して!今日取りに行かなきゃだめだよ。」
だから、もう電話もしたし、どうにもならないからあなたに電話している旨伝えると、
B;「わかった!また後で連絡する!」
と言い、電話は終わった。とりあえず連絡も取りやすく、待ち合わせしやすいオフィスへ向かった。オフィスはスタッフBの家の目の前である。Bの家を訪ねると息子が出てきた。
息子;「Bは畑仕事に行ったよ。」
は!?何となく予感はしていたが、本当にそうなるとは、、、。

 その後、車を持っているスタッフや関係各所、航空会社に電話したが、バヌアツは休日に誰も電話になんか出ない。車が無ければワクチンを運ぶことはできない。「15億円のプロジェクトが動いているのに、これでワクチンをバヌアツがきちんと受け取ることができなければ、アジア開発銀行や支援先はどう思うのだろう、、、、」「ワクチンは支援者からの善意、UNICEFへの資金供出国の税金、これをだめにするわけにはいかない、、、」「そもそもワクチン自体が相当な金額、、、」とてつもない緊張感だった。

 近隣国に緊急援助に行っているUNICEF担当官に連絡をし、現状を説明した。空港の冷蔵庫が適正温度で保たれていれば、月曜朝まで空港での保管もやむを得ないのではと話し合った。

 私は一人、空港へ向かった。貨物オフィスにひと気は無くガランとしていた。焦りが増していた。「誰かいませんかー?」と叫ぶと奥からスタッフが出てきた。事情を話すと、私の顔面蒼白状態にさすがのバヌアツ人も尋常ではない状況を感じたらしく、
「わかった見てきてあげる。」
と言ってくれ、冷蔵庫の中の様子の写真を取ってきてくれた。

ワクチンは冷蔵庫に保管してあり、適正温度で管理されていた。ラッキーだった。適正温度で月曜まで保管して欲しい旨、空港スタッフにお願いした。御礼と月曜日朝にまた来ることを伝え、ぐったりした私は空港を後にした。

 月曜日朝に無事、HPVワクチンは保健省の冷蔵庫に保管された。

 今回のことをただ無責任だと怒ってしまうのは簡単である。でも、全面的に許して受け入れてしまうのもどこか違うと思う。国際協力ではよく「相手の文化を尊重する」「住民とともに」と言った言葉をよく聞く。バヌアツ人はおおらかで、ゆっくりのんびりしている。このゆったり、のんびりを尊重することと、尊重しながら、バヌアツ人とともに仕事をしていくとはどのようなことなのだろう。今回のようなことは1度や2度ではなかった。もし、今後も途上国の人と仕事をしていくならば、このことをどう捉えればよいのか、自分の中で何かしら答えが無ければならないような気がしている。まだ、答えは見つからないけれど。

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