現場経験は大事な財産

2019.07.09
齋藤順子
  • 2019/07
  • 研究職、看護師、保健師:齋藤順子

私は約10年前に看護の現場を離れ、今は研究者として働いています。主な研究テーマは、健康に影響を与える社会的要因、つまり、幼少期の環境、友人や知人とのつながり、ストレスを生み出す労働環境、社会からの排除、さらには、地域や国の社会格差など、健康を決定する「個人の力ではどうしようもない」社会的要因についての研究です。

看護師として勤務していた病棟時代、身寄りのない患者さんや経済的に余裕のない患者さんが退院する際には、健康を最優先に考えることができない日々に患者さんがまた戻っていくという無力感に似た思いを感じていました。

行政で勤務していた保健師時代、いつでもあなたの味方だ、と相手に感じてもらうこと自体が、育児に不安を抱える母親にとって重要な支援になるのだということを知りました。

青年海外協力隊として中国の地方病院に派遣された看護師隊員時代、医療費が払えずに治療を中断して退院する農村からの患者さんと泣き崩れる家族を見て、現場の医療従事者の力では到底及ばない、貧富の差=命の差という現実を目の当たりにしました。

その後派遣された中国の少数民族の住む地域では、手洗いといった基本的な衛生習慣がない背景には、井戸までの道のりは遠く、秋冬は凍るように水が冷たいこと、お湯にするには薪を集めるところから必要なこと、などがあると、彼らと一緒に日々を過ごしてみてはじめて気づくことができました。

31歳で看護とは少し離れた国際保健分野の大学院で学び始めた学生時代、研究の道に入るまでにずいぶん回り道をしてきてしまったな、という少し後悔に似た思いを抱いていました。研究をデザインし、データを取集し、解析をして、論文を執筆するという研究で必要な力と、個人的な現場経験との関連がとても薄いように感じたのです。

しかし、大学院修了後、少しずつ研究者として独り立ちしていく中で、自分の視点や考察が正しいかどうか迷うことが出てきました。そんな時、ふと自分の看護師・保健師時代の患者さんや住民の方々の声や態度がよみがえることがあります。「それでいいんだよ」と背中を押されるときもあれば、「あの時のあの思いを忘れないで」、と一度立ち止まって考えさせられることもあります。

また最近では、エビデンスに基づいた実践を、どうやって日常的な実践に体系的に根付かせるか、を科学的に明らかにする実装科学研究も始めています。現場で直面する多層レベル(個人、集団、組織など)の様々な阻害要因を研究で明らかにしていく中で、時々、頭の中だけでなく、体で想像できる感覚があります。

日本の病院で、地域で、そして中国で、様々な看護の現場でもがいていた経験が、「研究を通して国内外の不公正な健康格差を縮小し、集団全体の健康を向上する」ことを目指す今の私の原点でもあり、自分を支えてくれる自信にもなっている、と、今なら自信をもって言える気がしています。

看護コミュニティ

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