聖路加国際病院で5年ほど働いた後、アメリカに留学したのが1996年。大学を卒業後アメリカで免許を取り、ICU/CCUで看護を続け今はマサチューセッツ州ボストンで働いてます。
今年3月の初め、ボストン市内のホテルで行われたある製薬会社のカンファレンスで約100人の参加者がCOVID-19に感染し、その後感染者がどんどん増え続け、3月の中旬ボストンはすべてロックダウンとなりました。そんなある朝ニュースを見ていたら、なんと私の働いてる病院がニュースに。「スチュワートカーニーホスピタルがCOVID専門病院になる」とのニュースでした。夜勤専従の私は昼間寝るのですが、その日はほとんど眠れず仕事に行きました。シフトの始まる夜7時にマネージメントチームがICUに来てこれからの方針を説明しました。ICUは16床すべて陰圧空調個室にする、CDC(Centers for Disease Control and Prevention)ガイドラインを読んで理解しCOVID隔離のプロトコール※1を厳しく守る事、すべての面会禁止、すべての外科手術の延期、COVIDでない患者は他の病院に即転院、などなど。これから始まるコロナ戦争の始まりでした。そしてその戦いは誰も予想もしなかった悲惨で残酷なものでした。
すぐに工事が始まり、ICUすべての部屋は陰圧空調個室となり、ドアは閉められ、赤いアイソレーションカート※2が各部屋の前に設置され、マスクガウンの着方脱ぎ方のCDCガイドラインが各ドアに貼られました。そしてあっという間に16床がCOVIDの患者で満床となりました。すべての内科外科病棟もCOVIDの患者で埋まってしまいました。はじめの数週間は試行錯誤の日々でした。治療法もなく情報も少なく、多くの患者さんは悪化していくだけでした。そんな中ICUの医者たちが他のボストン市内の病院MGH(Massachusetts General Hospital )などと連携をとって『Quick Guide for Management ICU patients with COVID-19』を独自に作成しました。挿管を決めるクライテリア※3、呼吸器管理、血液検査の種類と頻度、心臓内科や腎臓内科のコンサルト、ショックの対応など。仕事の合間はこのQuick Guideを読んで勉強しました。
ICUの患者はすべて呼吸器、鎮静剤や筋弛緩剤やカテコラミン※4など複数の点滴で命をつないでる状況でした。2週間経っても呼吸器が外せない、そして急性腎不全や肺塞栓を合併していく。半分以上の患者が人工透析となり、肺塞栓でさらに悪化する。抗凝固剤の点滴を始めるとさらに弱ってる体に脳出血などの合併症を併発して亡くなっていく。マラリアの薬などの投与がCDCから勧められ、投与しても症状は改善せず副作用を合併する。毎日多くの患者が救急室に運ばれてきて、でも満室。一般病棟で毎日のように急変があるけどICUのベッドが空かない。。。そんな中、どの患者を優先して救うかが議論になりました。老人ホームから運ばれてくる痴呆や脳梗塞をもつ高齢の患者さんは家族に連絡し、Code status※5を話し合いました。DNR/CMO(comfort measures only) ※6を家族が承諾したらモルヒネの点滴を始め、多くの患者さんが静かに亡くなりました。
ICUナースとして30年近く働いてきて多くの経験を積んで、どんな患者が運ばれてきても対応できるという自信がありました。でもCOVIDの重症患者を二人マネージメントするのは想像を超える大変さでした。ほとんどの患者が1日16時間の腹臥位ポジション※7、複数の点滴管理、複数のライン管理、呼吸療法師と連携して呼吸器管理。各隔離室でガウンやマスクの脱ぎ着も一仕事。身体的にも精神的にも辛く、それでもみんなで一人でも多くの患者さんを救おうと必死でした。
それでも毎日のように患者が急に低酸素症になり急変、Code blue※8。初めてCOVIDの患者さんのCPR(Cardio Pulmonary Resuscitation:心肺蘇生)をした時は涙が出ました。救えないとわかっててのCPR。仕事中は一度も泣いたことがなかった私ですが、無念さでただただ涙が出ました。死亡宣告後、家族に連絡しました。電話越しに大泣きする家族。。。面会禁止なので多くの患者さんが家族に会えずなく亡くなっていきました。患者さんと同様、家族の心理ケアは重要です。家族の会いたいという希望を少しでも叶えてあげたい、、、そんな思いがニュースでも伝えられ、いろんな企業や団体からiPadの寄付が届きました。忙しい中できるだけ多くの家族や友人とベッドサイドでFaceTimeをしました。患者さんがどういう状況かを直に見れるのは、家族にとって不安軽減になりました。「私の代わりに母の手を握ってあげてください」とある患者の娘さんが涙を流してお願いしました。ハッとさせられた言葉でした。今やらなければいけないことは点滴管理ではない、そう、患者さんの手を握ること。。。忙しい中、忘れていたことでした。
COVIDと戦い打ち勝って回復し退院する患者さんを見るのは、終わりの見えないトンネルで働く私たちにとって大きな喜びでした。多くの患者さんが命をなくす中、サバイバーたちの笑顔は励みでした。3週間近く挿管され声も嗄れて、それでも「Thank you」と小さな声で言われると明日も頑張ろうと思えました。多くのナースが週に50−60時間勤務の状態でした。私たちだけではなく、ICUドクター、呼吸療法師、麻酔科、薬剤師、ハウスキーパー、マネージャー達もみんな休みなく働いてました。そんな中、ロックダウンで営業停止してる近くの複数のレストランが毎日のように差し入れしてくれました。N95のマスクを外して美味しいレストランの差し入れを食べる時はホッと一息でした。
マサチューセッツ州では約9,000人以上の方がCOVID-19で命をなくしました。アメリカ全体では19万人以上の方が亡くなっています。まだまだ感染者は増え続けています。休みの日は最新の医療情報やCDCのガイドラインを読むようにしています。そして時々亡くなった患者さん一人一人のことを思い出しています。忘れられない患者さんばかり。。。COVID-19に感染しなかったら生きていたはず。この悲しい思いを繰り返したくない、、、これが今、私の明日への力となっています。
※1 プロトコールとは、医療者が確実に実⾏するための計画や⼿順について明記したもの。
※2 アイソレーションとは、分離、隔離などと訳される。アイソレーションカートは、⽇本では救急カートなどと称される緊急時の医療⽤器具や薬品などを常備した台⾞を意味する。
※3 挿管とは呼吸不全や⾃⼒での呼吸が困難な患者に対し、気管にチューブを挿⼊し、気道確保や⼈⼯呼吸をするために⾏う処置を意味する。気管挿管や⼈⼯呼吸にはその適応や基準が⽰されている。
※4カテコラミンとは、副腎から合成・分泌される神経伝達物質の総称である。カテコラミン製剤には、ノルアドレナリン、アドレナリン、ドーパミンの種類があり、⼼臓や末梢⾎管のアドレナリン受容体に作⽤し、全⾝の⾎管を収縮させることにより、⾎⾏動態を変化させる。
※5 急変時における蘇⽣などの医療処置に関する事前指⽰を意味する。
※6 DNR はDo Not Attempt Resuscitation の略でDNAR とも略される。⼼停⽌時に⼼肺蘇⽣を⾏わない指⽰であり、⽇本においても医療者におけるDNAR 指⽰についての正しい認識が求められている。
※7 いわゆるうつ伏せ寝のこと。このような体位は急性呼吸不全患者の回復に有効であるとされる。
※8 患者の急変時に⽤いられる救急コールのこと。院内でコードブルーの連絡があった場合には、⼿が空いている医療スタッフがその場に集結し、治療にあたる。⽇本ではスタッドコールなどと称される場合もある。