どうしたら人に喜んでもらえるだろう?と、幼い頃から考えてきました。
まだ身長が父の半分くらいだった頃、父に言われたことばがあります。
「何かをしてもらって、ことがスムーズに運んだらうれしいだろう?自分のことを大切にしてもらったらとっても幸せだと思うだろう?大きくなったら自分がされてうれしいことを人にしてあげよう。どうしたら相手がスムーズに動けるか、何をしてもらったらうれしいかを考えよう。相手を一番大切に思って接したら、きっと君のしたことを幸せに感じてもらえるし、そしたらきっと相手と一緒に幸せな気持ちになれるはずだよ。」
小さい頃はまだよくわからなかったけれど、大人になった今も私の心に残っていることばです。このことばがとても大切であるということを、看護師になってからの日々の中で身に染みて感じています。そして、この父からのことばは、一言でいえば"心配り"ということなのだと思っています。
病気や入院治療といった変化によって患者さんが自分でできなくなった生活上のことをお手伝いさせていただく日常生活援助は、看護において大切な業務の一つです。より良い看護の提供には、的確なアセスメント(状態評価)と卓越した看護技術はもちろんのこと、 患者さんにとって最良は何かに思いを尽くす"心配り"がとても大切だと思います。そして、心配りは相手を理解することから始まると私は考えています。
高齢の患者さんを担当したときのことです。その患者Aさんは、末期がんに肺炎を併発して入院されていました。がんによる痛みのコントロールがうまくできず、また、肺炎によって息苦しい状態が長く続いていました。入院から2週間すると、少しずつ痛みや息苦しさが安定し、上体を起こすことができるようになりました。Aさんは身だしなみを大切にされる方でした。私は、看護師が行うモーニングケア において、髪を整える、ひげをそるなど、Aさんがしっかりと身だしなみを整えることができるように心掛けていました。
身だしなみの他にも、もうひとつ、Aさんには朝の日課がありました。それはカーテンを開けて差し込んでくる光に目を覚まし、窓から見えるランドセルを背負った小学生たちの学校に通う様子をぼんやりと眺めることでした。私は、身だしなみを大切にされることも心に置きつつ、Aさんの日課もきちんと毎日行って頂けるよう、子供たちの朝の登校風景をAさんが10分ほど眺めた後、モーニングケアを始めさせていただいていました。
1か月の入院治療で症状が落ち着き、Aさんは退院できることになりました。退院の日に、「いつも忙しい朝に僕の日課につきあってくれていてありがとう。大阪に住んでいる孫がいて、来年から1年生になるんだ。遠いからなかなか会えないけどね。朝、元気に登校している小学生を見ていると孫のことを思い出して、孫が小学校にあがるまでは、僕も病気なんか吹き飛ばさなきゃって、治療と向き合う元気が湧いたんだよ。」とにっこりと笑顔で言ってくださいました。いただいたことばに、患者さんが元気に治療と向き合うことのお手伝いができたことの喜びを感じました。相手を理解し、相手の大切にしているものを私も大切にする、そんな心配りこそ、看護師に必要なことなのではないかと思います。
多くの患者さんを受け持つ看護師には、時間に余裕のないときもあります。その中でも、いかに患者さんの体調の変化や心の声に気付けるか、相手に心を尽くした接し方ができるかが求められていると思います。心配りが患者さんの自然治癒力を最大限に引き出すことの助けになれると信じています。
看護師としての病棟勤務を経て、現在はご縁をいただき、学生さんの看護技術習得を支援する業務を担っています。これから看護職を目指す学生さんに技術だけでなく、看護師としての体験から学んだ心配りの大切さを私なりに伝え、人を看る上で大切な心を育むお手伝いができればと、思っています。