医療者がチームを作って治療に取り組むことで、最良の治療法を選択できるように努めていく「集学的アプローチ」に、注目していきます。
がん患者さんが治療を受ける上では、患者さんを一貫して理解・把握している人が必要です。
例えば、ある患者さん(仮称:Aさん)の例を考えてみましょう。
Aさんは、夫の会社が指定するクリニックの人間ドックで乳がんの疑いがあるといわれ、総合病院で検査を受けることになりました。
総合病院では乳腺外科を受診、乳腺外科医の指示で様々な検査を受け、その結果乳がんで手術が必要であると説明されたそうです。その後、手術のために外科病棟に入院、退院後は化学療法を外来の点滴センターで受け、放射線治療を放射線科で行うことになりました。
それぞれの診療科には専門の医師や専属の看護師、検査技師などの医療スタッフがおり、とても親切に話を聴いてくれたそうですが、場所が変わるたび、また、担当の人が変わるたびに何度か同じ話をしたり、前の治療のときの様子をよくわかってもらえなかったりといった問題が発生したと言います。
このような状況に陥ったAさんは、「私のことを本当にわかってくれる人は誰なのかしら?」「治療が終わって家に帰ると出てくる症状や、これから先の見通しのことなど、誰に話したらよいのかしら?」と不安に感じたそうです。
現在、電子カルテなどで医療者が患者さんの情報を共有する手段が整いつつありますが、それでもなお、Aさんが体験したような、"ぶつ切り"治療が多く見られます。
Aさんのような不安を感じる方を減らすためにも、各診療科、職種間の垣根を取り払い、医療者が患者さんの治療に取り組むチームとなって、患者さんの生活全体を把握したり、さまざまな治療法の中から患者さんにとって最良の治療法を選択できるような医療の形、つまり、「集学的アプローチ」は、とても大切だと言えるでしょう。
日本では、患者中心のがん医療システムの土壌について、分析を進めてきました。
ハード面(診療科の立て方やスタッフィング)やソフト面(専門職者間での相談や連携など)がどのように整えられているのか、どのような課題があるのかといった点に注目して、医療者のみでなく、がん患者から直接お話を聞いて取り組んできた点が特徴です。
その結果、現状では、主治医が一貫して患者の治療過程へ責任をもつ体制が主であり、患者を理解し、その時々に必要とされる連携や調整は、外来という限られた 人的・物的環境下で、主治医、あるいはその意向をうけた看護師が他の専門職者と点と点をむすびつけるように行われていることが明らかになりました。
このような状況を全国レベルで把握するために、さらに乳がん医療に焦点をあて、「患者中心のがん医療システム」としてがん集学的アプローチが、日本においてどのように展開されており、また、どのような課題をもっているのかについて、全国規模によるアンケート調査を実施しました。
乳癌学会認定施設の協力のもとに、249 施設、1,652 名の医師・看護師、1,950名の患者から頂いたデータを分析した結果、多職種で話し合われるカンファレンスは、まだ4分の1の施設でしか実施されておらず、専門職者間でのさらなる情報共有の必要性が示されています。
乳がんとともに生きる女性のサポートプログラムを継続開催しています。
2005年度は9回開催し、のべ200名以上の女性が参加しました。「知恵と勇気と元気をわかちあう」を合言葉に、乳がんとともに生きる女性の支えあい・分かち合いの輪が広がりつつあります。
毎回のプログラムの内容は、参加者からの要請やニーズを織り込みつつ、ミニレクチャーが開催されたり、参加者が主体的に企画に参画する能動的なサポートグループ へと変貌しています。
さらに、サポートプログラムの参加者による主体的運営のためのリソースパーソンとの協働、主体的活動の発信基地的機能をもつコミュニティ・ステーションの立ち上げをすすめており、ワーキンググループが出来上がったところです。
また、サポートプログラム参加者からは、患者中心の乳がん医療システムへの要請やアイデアを提案していただきました。
新しい患者中心の医療システムを提案するためには、その医療を利用する人々(利用する可能性が自分や家族にある人も含めて)の視点を含めておくことが重要です。
同時に、わが国の医療システムの特徴を加味することも忘れてはならないことと思います。
そのために、広く世界的な動向と比較して、わが国で必要としている医療のあり方を検討してみることも重要となります。
そこで、COE 国際駅伝シンポジウムのテーマに、「患者中心の乳がんチーム医療」をとりあげることにしました。
シンポジウムの企画の段階から、乳がん女性の方々に参画いただき、テーマや方法をともに創りあげました。
シンポジストは、公募により手をあげてくださった乳がんとともに生きる女性のかたが加わり、乳がん女性が舵 取りする、新しい乳がんチーム医療のめざすところ、それぞれの立場で協働することを話し合いました。
前述した調査結果、国際駅伝シンポジウムで交わされた意見、そして乳がん女性サポートプログラムの参加者よりの意見をもとに、患者中心の乳がん集学的アプ ローチをめざすケアシステムを考案中です。
ケアシステムの主要な要素は、今のところ、「継続性、多重性、自律性、相互依存性」という集学的アプローチの機 能を基軸とし、〈乳がん女性と多職種の医療者が情報共有できる情報システムツールの開発〉〈乳がん女性がうまく治療過程を舵取りする上でパートナーとなる リソースナースの配置〉〈患者参与が可能なチームカンファレンス〉と考えています。
これらを実際に臨床現場で試みるために、協力施設間において組織上、環境上の調整を行っています。