流産や死産や新生児死など、妊娠中や出産後に赤ちゃんを亡くす体験をペリネイタルロスと言います。2000年代初めのころ、こうした体験をした母親や父親にたいして、産科病院において、積極的なグリーフケアが行われているところは少なく、何の支援もなされないままに退院するという事例が多くありました。退院後においても、地域保健からの支援を受けられず、周囲からも悲しみを理解されずに孤立している家族がいました。こうした中で、当時の大学院生らの研究を契機として、2004年に聖路加看護大学(現聖路加国際大学)に、グループサポート「天使の保護者ルカの会」というお話会の活動が開始されました(研究1)。
この活動には、私が代表を務めている自助グループ「お空の天使パパ&ママの会」が協働しており、大学教員、大学院生、助産師、体験者らが、ともに運営に関わり、大学内で開催されるという形態は、当時としては珍しいものでした。インターネットや医療機関へのパンフレット配布により、この活動が知られるようになりました。全国からの参加者があつまり、2021年12月までの累計参加者数は、1267名になります。
運営してきた大学研究者たちは、活動を通して出会った体験者たちから、死別を体験した親たちの様々な要望やケア・ニーズが存在することを学びました。そこで死産を体験した両親のための「天使キット(メモリアルボックス)」を開発し、「悲しみのそばで」という冊子も制作しました(研究2)。また、こうした活動をとおして、家族のための支援をめざして、リーフレットも作られました。(研究3)
2009年度から、個別面談の要望に応えて、グリーフ・カウンセリングを開始しました。グループでは語りにくい想い、共有されにくい問題などが、語れる場所となっており(研究4)、毎年利用者は増加し、コロナ渦ではWeb相談も行っています。2022年1月現在の累計利用者数は、458名です。
1.死産を経験した母親を支えるケア―セルフヘルプミーティングがもたらす人間的成長
本研究は,死産で子供を亡くした母親のセルフヘルプミーティングの企画から実施に至るプロセスの軌跡と活動を通じて得た体験者の想いを記述することを目的に行った。セルフヘルプミーティングを行う意味は、ほかの場所では語れない子供についての思いや、悲しみや孤独について共に泣きながら話し共に笑う豊かな時間を得ることであり、それにより死産を経験した母親の悲しみは癒されていった。さらに、母親は継続的な参加を通じて、エンパワーメントされ、グループの中で同じ辛い経験をしている仲間の役に立つことを実感し、自尊心が高められ人間的成長を経験していた。
セルフヘルプミーティングは、死産を経験した母親を支援する一つの資源として有用であることがわかった。セルフヘルプミーティングの企画・実施に看護/助産専門家が関わることは、周産期におけるグリーフケアを改善し再考することに貢献していた。
セルフヘルプミーティング成功の鍵は、体験者であるエンパワーメントされた市民と医療者が良き協働者として活動することPeople-centered-careである。
2. 死産を経験した家族の出会いと別れを支えるグリーフケアの開発
死産を経験した母親に対して、小冊子「悲しみのそばで」および、「天使キット」(別れの身支度、記念品等)を提供し、その試用経験から実用性を評価することを目的とした調査を実施した。
都内近郊10箇所の病産院において、12週以降の子宮内胎児死亡を経験した母親に対し、小冊子と「天使キット」をそれぞれ100名に提供し、その評価を質問紙に記載して返送してもらった。
調査期間は、2006年6月から2007年12月であった。
その結果、小冊子22名、天使キット21名の評価を得た。小冊子および天使キット共に、ほとんどの母親が「非常に助かった」「助かった」という評価であった。内容的には、入院中の項目「子どもの為にしてあげられること」、「母親の感情」、「赤ちゃんとの別れの方法」、「身体的な変化」が、退院後の項目「赤ちゃんについて語ること」、「パートナーと語ること」、「赤ちゃんにしてあげられること」の項目が有益であったとする母親が7割以上であった。小冊子には、「感情の起伏が激しいのは、当然だと分かり安心した」、「自分の気持ちを代弁しているようで安心した」、「良く理解してくれる友人のようだ」という喪失に伴う悲嘆反応の認識面や情緒面を支える役割を果たした。天使キットは、さらに「同じ経験をした仲間の存在を感じた」、「孤独ではない」、「生きていた証になった」、「遺品を残すという行動に直接つながった」、「医療者とのコミュニケーションが容易」など情緒面と行動化を促すことにつながった。
小冊子および小冊子を含んだ天使キットは、喪失後の悲嘆作業を進める上での有益なリソースであると評価された。
3. 周産期喪失後の危機的状況を夫婦で歩み新たな家族をつくる物語
本研究は周産期に子どもを亡くした夫婦を支援するツールの作成を目的に実施した。方法は、31名の父親と母親に対するインタビューである。夫婦のあり方は様々だが、家族の外部にも自分のサポートを得ること、悲しみに伴うお互いの一般的な感情の変化を予期できること、家族の中で子どもの存在がオープンであることが、家族の再構成に重要な影響を及ぼしていることは共通した語りであった。家族の語りにもとづき、「夫婦」と「夫婦を支えたいと願う両親」を対象とした二つのリーフレットを作成した。
4.語ることでもたらされることー周産期喪失後のグリーフ・カウンセリングー
「天使の保護者ルカの会 グリーフ・カウンセリング」は、周産期喪失体験者とその現場に携わる医療職の悲嘆心理支援を目的とする事業である。2009年~2015年に、135回実施し、延べ150人が利用した。利用者の死別喪失には、流産・死産・新生児死・乳児死のほか、事故死などもふくまれる。利用に至る経緯は、インターネット検索によりが最も多かったが、医療従事者からの紹介が増えてきた。相談者は、児の喪失によって発生した様々な困難について語っていた。7年間の間に、医療機関への怒りや不満の声は、減少した。その他の環境面では、夫婦のコミュニケーション、対人関係(職場復帰、隣人との付き合い)などに苦痛を感じていた。また、次の妊娠に関する不安も多く語られていた。カウンセリングでは、これらの困難に丁寧に対応していく。1回の利用が大多数であるが、期間を置いて数回来談する例や、年に一度の命日近くに来談するという例もあった。利用者の全体満足度(VAS10)は、9.5であった。
近年、社会において、グリーフケアという言葉がごく自然に使われるようになってきました。死別の悲嘆への関心が深まり、医療現場の内外で、支援の場や支援を志す人がふえてきました。天使の保護者ルカの会でも、「病院で、良いケアを受けた」という語りが増えています。しかし、病院を退院した後、地域に戻ってから、あるいは産休が明けて職場復帰してからの体験者たちには、まだまだ困難な状況が見られます。
2021年5月、厚生労働省からの、流産や死産を経験した女性への心理社会的支援等についての通知の中で、母子保健法における「妊産婦」の位置づけについて、『妊娠中又は出産後1年以内の女子をいい、この「出産」には、流産及び死産の場合も含まれること』が示され、『子育て世代包括支援センターにおける支援を始めとする各種母子保健施策の実施の際には、流産や死産を経験した女性を含め、きめ細かな支援を行うための体制整備』が求められました。これを受けて、地域(自治体・保健福祉)において、流産や死産体験者への関心は高まり、支援に向けて動き始めています。私たちのルカの会活動には、自治体からの問い合わせが届くようにもなり、スタッフが自治体から依頼されて研修会で講演する機会も出てきました。そのような折には、これまでの活動から学ばせていただいた、体験者たちの思いや、より望ましいケアについてお話しさせていただいています。今後、地域における体制が整い、ペリネイタルロスを経験した人々が、日々の生活の場や社会において、心身共に穏やかに過ごせる環境が整ってゆく事を願っています。
心に深い傷を抱えた両親へのグリーフは、その変化に長い時間がかかります。その支援としてのグリーフケアは、誰もが、いつでも、気兼ねなく、安心して利用できるようなものであってほしいものです。そのための支援の一つとして、今後もルカの会のグループサポートやカウンセリングという場が機能していく事を願っています。
そして、世の中には、ペリネイタルロスだけでなく、大切な人とのさまざまな死別の経験から、グリーフのつらい思いを抱える人たちがいらっしゃいます。こうした人たちすべてに対して、医療的にも社会的にも、適切なグリーフケアを受けられるような社会へと進展していく事を願いつつ、活動や研究を続けています。
詳細は、こちらをご覧ください。
研究1:宮本なぎさ・太田尚子・堀内成子・お空の天使 パパ & ママの会(WAIS)関東支部(2005).
死産を経験した母親を支えるケア:セルフヘルプミーティングがもたらす人間的成長.聖路加看護学会誌,9,45-54.
http://doi.org/10.34414/00014939
研究2:堀内成子・石井慶子・太田尚子・蛭田明子・堀内祥子・有森直子(2011).周産期喪失を経験した家族を支えるグリーフケア:小冊子と天使キットの評価.日本助産学会誌,
25,13-26.
https://doi.org/10.3418/jjam.25.13
研究3:蛭田明子、周産期喪失後の危機的状況を夫婦で歩み新たな家族をつくる物語
2011-2015 日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) 23593341
https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-23593341/23593341seika.pdf
研究4:石井慶子 堀内成子 堀内ギルバート祥子
蛭田明子(2017).語ることでもたらされること:周産期喪失後のグリーフ・カウンセリング.聖路加国際大学紀要,3,84-89.
http://doi.org/10.34414/00000067